「民主的な社会へ」と声を上げる

 チリに住む版画家ラドから2回目の展覧会の誘いがありました。今回の展覧会の趣旨は、政府に反対し投獄された人々への連帯を呼びかけるものでした。

 チリは1973年の軍事クーデター以降、強権的な手法で市民を従わせようとする政権が続き、経済優先の政策の下、自然は破壊され、貧富の格差が広がり、政府に抗議する市民は次々と投獄されています。市民は現状を変えようと大規模な抗議活動を行い、今の憲法を廃止し、新しい憲法を制定することを国民投票で勝ち取りました。その後、憲法の内容を決定する委員を選ぶ選挙があり、不平等を是正し民主的な社会を目指す人たちが半数以上選ばれました。

 私はチリが新しい憲法によって、人権が大切にされる国家になって欲しいという願いを込めて作品を作りました。

チリでの2回目の展覧会のテーマは、政府に反対し投獄された人々への連帯を呼びかけるものだった。
テーマを受けて制作した作品は、「チリの自由と権利」。

 「チリの自由と権利」

―新しい憲法は私たちを悪政から守り、私たちを焚き火のように暖める。

その火を絶やさぬよう薪をくべ続けようー (画面上のスペイン語)


 画面には富士山に似たチリの代表的な山、オソルノ山。

 民族衣装を着ているのはマプチェ族。

 彼らはインカ帝国やスペイン人入植者の侵略に抗い、唯一生き残った先住民族で、森や川と共に生きてきました。しかし、天然資源を目当てにした政府による森林開発で、彼らの土地は破壊され、それに抵抗した人々は暴行を受け、逮捕され、土地を追われています。政府は彼らの抵抗をテロと見做して「反テロリスト法」を適用したのです。この絵の中では、投獄されている多くの人たちが新しい憲法の下で解放され、家族と再会しています。

 ピカチュウの着ぐるみを着た女性や、スパイダーマン、バレリーナなど、実際にデモに参加している人も描きました。ピカチュウの女性は、憲法を作る委員に選ばれたそうです。

 ジャグリングをしている人はデモ中に警官に押し倒され、死亡してしまいました。

 『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴著 集英社 2016年〜)の伊之助も、チリの人々の間で抵抗のシンボルとして広まっています。チリでは2年前(2019年)に、地下鉄運賃値上げをきっかけに大きなデモが起こりました。アニメの中で伊之助が汽車に頭突きをするシーンがあるのと、彼が無学でも直感的で本能に従って生きているところに、チリの貧困層にいる人々は親近感を持ったようです。

 チリの人たちのすごいところは、今苦しんでいる人たちのことを、自分たちがされていることのように想像できることです。マプチェ族の人々の抗議活動に多くの人が連帯します。過去に政府によって命を奪われた人の命日に追悼し、彼らのことを忘れない意思を示します。アーティストたちもポスターを作って抗議したり、投票を呼びかけます。

 そして、様々なデモが日常的に行われています。

サイクリストたちのデモもあります。大量の自転車で路上を占拠します。産業優先の車社会で、自転車乗車中に交通事故の被害にあう件数が多いのですが、その罪が軽いことに対する抗議デモです。

 女性の社会的地位の低さに抗議するデモもあります。性犯罪にあった人やドメスティックバイオレンスを受けている人など、参加することで迫害を受けないよう赤いマスクで顔を隠している人もいます。女性らしさの押し付けに抵抗する意図で、胸を隠さず、わざと脇毛を強調した仮装をする人もいます。

 平和的なデモならいいのですが、暴力に発展する場合もあります。警官隊はデモの参加者に放水したり、ゴム弾や催涙弾で目を狙います。これによって、多くの参加者が失明しています。このような人権を無視した弾圧も、民主的な憲法の下でなくなれば良いという願いを込めて、私は絵の中で星にしました。経済で政治を動かす資本家や軍事独裁政権の象徴である将軍の銅像も一緒に星に。

 この版画の中で、私は着物を着て参加しています。手にバレンと彫刻刀を持って、呼びかけ人のチリの版画家と、彼の愛犬と共に踊っています。もちろん実際はチリに行ったこともありませんが、絵の中で私はチリの人たちと連帯することができました。

 チリでは先日、大統領選がありました(2021年12月)。決戦投票で極右の候補と活動家出身の左派の候補が対決し、左派の候補が史上最年少で大統領に選ばれました。本貿易振興機構(ジェトロ)のレポートによると、彼は「年金改革、単一の健康保険システムの確立、最低賃金の引き上げ、富裕層への課税、大規模鉱山における鉱業ロイヤルティーの増税、環境税の課税など、社会格差の是正を重点にした政策」を掲げています。

 この選挙が追い風になって、経済優先ではなく、格差を是正し、貧しい人たちに手を差しのべる憲法が作られることを私は願います。

         

国民を守る憲法であってほしい

 私たちの国の憲法では、すべての国民には基本的人権があり、国や政治のあり方を決める力を持つのは私たち国民だと定められています。国家権力が個人の権利を脅かすことができないように、今の憲法では、公務員はこの憲法を尊重し擁護する義務を負うと明記されています。

 きっとチリの人たちが今必要としているのは、正にこのような憲法でしょう。

 しかし、このような憲法を持っている日本でもチリと同じようなことが起きています。格差が広がり、生活保護世帯や自殺者が増え、子どもの貧困も問題になっています。国は法人税を少なくし、消費税を上げて格差社会を助長しています。税金の使い道について国民に公表していないこともあったり、文書を隠蔽したり改竄しても罪に問われていません。それでも国民は政権与党を支持し続けています。

 そして、今の政権与党は現憲法を変えようと、日本国憲法改正草案を作っています。

今の憲法は国家権力を縛るものなのに、縛られる側の政権与党がその憲法を変えようとしているのです。その草案は、国家権力を縛るものから、国民が遵守しなければいけないものにすり替わっています。私たちが黙っていると、国民を守る憲法が、いつのまにか、国民より国家体制を守る憲法に変えられてしまうかもしれません。

 この版画のように、憲法の暖かい焚き火に当たるためには、くべる木を持ち寄らねばなりません。火を絶やさないように気をつけなければ、その火は消えてしまうでしょう。誰かに任せるのではなく、自分の目で日々のニュースをチェックして、政治に関心を持ち続け、おかしいと思ったら声を上げ、選挙で意思表示をしていくことが大切だと感じます。

 投獄される危険を冒しても、政府に声を上げ続け、民主的な憲法を自分たちの手で作り出そうとしているチリ。遠く地球の裏側にあるチリから私たちは学ぶことがたくさんあるように思います。

この記事を書いた人
【古知屋 恵子】版画家・絵本作家
茅ヶ崎在住。多摩美術大学油画科卒業後、おもに木版画作品を制作。白黒の一色刷り、多色刷りの木版画のほかに、手作りの紙芝居・カルタなど幅広く作り続けている。毎年、秋から冬にかけて茅ヶ崎や都内で個展を開催。著書に『ぎゅうぎゅうぎゅうゴトゴト』(新風舎1996年)、『ベルダのしごと』(遊行社 2018年)がある。
*作品は古知屋恵子の Instagramでもご覧いただけます。
https://www.instagram.com/kochiyakeiko/?hl=ja